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ワープロ放送天山広吉引退試合!あの男との友情復活!テンカウントに泣けました!!

新日本プロレス
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ファンと友情と闘いの記憶

正直、泣けました。

今回の「ワールドプロレスリング」で放送された、天山広吉引退試合の特集です。

テレビのこちら側で見ている私たちでさえ、胸がいっぱいになるのですから、あの両国国技館の客席にいた方々は、どれほどの思いで最後の試合を見届けたのでしょうか。

それだけでも、この引退試合が特別なものだったことが分かります。

そして、冒頭から心憎い演出がありました。

実況席にいたのは、90年代の新日本プロレスを知る人なら、懐かしさを覚えずにはいられない辻よしなりアナウンサー。

あの頃と変わらない声が、再び天山広吉の最後の戦いを伝えます。

「もしかすると、当時より若返っているのではないか」

そう思ってしまうほどでした(笑)。

そして解説席には蝶野正洋。

天山にとって兄貴分ともいえる存在です。

しかも蝶野さんは、杖を使わず、広い両国国技館を歩いてきました。

それだけで胸にくるものがあります。

もし、ここにマサ斎藤さんもいたなら――。

そんなことを考えてしまいました。

きっとマサさんは、私たちよりずっと高いところから、この日の天山を見ていたのではないでしょうか。

やがて「猛牛」天山広吉が入場します。

その姿を見つめる女性ファンの目には、すでに涙が浮かんでいるようにも見えました。

そしてコーナーで選手コールを受ける天山の右足を見て、私は改めて思いました。

長いレスラー人生が、身体に残した傷は、決して小さなものではなかったのです。

それでも天山は言います。

後悔はない、と。

レスラーという仕事は、華やかな技や勝敗だけで語れるものではありません。

リングに立ち続けた時間そのものが、その人の人生になる。

天山広吉の身体には、その人生が刻まれていました。

引退試合の相手は、小島聡。

テンコジとして苦楽をともにした盟友です。

当初は5分1本勝負として始まった試合が、時間無制限へと変更されました。

天山は、残された力を一つずつリングに置いていくように戦います。

モンゴリアンチョップ。

ヘッドバット。

そして世界的にも知られるオリジナル技、アナコンダバイス。

さらに、大剛さんから受け継いだ天山スープレックス。

その一つ一つが、天山広吉というレスラーの歴史そのものでした。

そして天山は、やおらコーナーに上がるとムーンサルトプレスを狙います。

しかし、小島聡がそれをカットしました。

観客から大きなブーイングが起きたようには見えません。

おそらく、ファンも分かっていたのでしょう。

今の天山の身体で、ムーンサルトやダイビングヘッドバットを飛ぶことが、どれほど危険なことなのか。

武藤敬司も引退試合で、自らムーンサルトプレスを飛ぶことを止めました。

「最後だから飛ぶ」のではなく、「これからを生きるために飛ばない」。

それもまた、プロレスラーとしての決断なのだと思います。

小島聡にとっても、難しい試合だったのではないでしょうか。

本来なら、もっと多くの技を持っているレスラーです。

しかし、この日はカッター、チョップ、そしてラリアットで組み立てていく。

あえて技を絞って、盟友の最後の時間に向き合っていたようにも見えました。

かつてのIWGPヘビー級王座と三冠ヘビー級王座を懸けた二冠戦とは、また違った難しさがあったのでしょう。

そして最後は、小島の剛腕ラリアット。

その一撃、そして連発を受け、天山広吉は生涯最後のスリーカウントを聞きました。

しかし――。

本当の意味での「最後」は、まだ終わっていませんでした。

そこへ現れたのが、飯塚高史です。

かつて天山と「友情タッグ」を組んだ男。

ただし、姿は当時とはまるで違います。

引退から随分経つのに怨念坊主は変わらず。

どう見ても、あの頃の飯塚には見えません。

それでも、飯塚高史に間違いありません。

天山が呼びかけます。

そして、逡巡した飯塚が、その手を取る。

超満員となった両国国技館、7777人の観客の前で、二人は友情のシェイクハンドを交わしました。

怨念坊主にだって、友情はあるんだ!

プロレスというものは、本当に不思議です。

何年も前に終わったと思っていた物語が、最後の最後にもう一度、リングの上でつながるのです。

退場時には野上慎平アナウンサーとの握手。

そして、その後のYシャツビリビリ。

そこは……まあ、ご愛敬ということでしょう(笑)。

そして引退セレモニー。

藤波辰爾。

秋山準。

武藤敬司。

長州力など、錚々たる面々が揃います。

そして最後には、蝶野正洋。

天山広吉の長いレスラー人生を知る、豪華な顔ぶれが集まりました。

満身創痍の身体で、天山は最後のテンカウントを聞きます。

そして、静かに倒れ込みました。

あの姿を見て、私は思いました。

人は、自分の限界を知るためだけに生きているわけではありません。

しかし天山広吉は、長い年月をかけて、その限界まで自分を追い込み続けてきた。

そして最後の最後に、その姿をファンに見せてくれたのではないでしょうか。

天山広吉はIWGPヘビー級王座を獲り、G1 CLIMAXも制しました。

そしてIWGPタッグ王座の戴冠回数は歴代最多。

数字だけを見ても、偉大なレスラーだったことが分かります。

しかし、それ以上に残るものがあります。

天山広吉を応援してきたファン。

一緒に戦った仲間。

リングの上でぶつかり合ったライバル。

そして、先にリングを、この世を去っていった新日本プロレスのレジェンドたち。

アントニオ猪木さん。

マサ斎藤さん。

木戸修さん。

星野勘太郎さん。

橋本真也さん・・・・

天山がこれまで歩いてきた道の先には、たくさんのレスラーたちの記憶があります。

その人たちは、もうリングには立っていません。

しかし、決して消えたわけではありません。

人々の記憶の中で、レスラーは生き続けるからです。

天山広吉も、これからきっとそうなっていくのでしょう。

あの日、両国国技館にあったもの。

それは、単なる引退試合ではなかったのだと思います。

長い時間をかけて積み重ねてきた友情。

仲間との絆。

ファンからの声援。

そして、一人のレスラーがリングに捧げてきた人生。

それらすべてが、最後のテンカウントの中に詰まっていました。

2026年8月15日 猛牛・天山広吉 引退。

天山広吉というレスラーが去っていく。

寂しいことです。

けれど、リングを降りたからといって、その存在まで消えるわけではありません。

これから先、ふとプロレスを見ているとき。

モンゴリアンチョップを見たとき。

「テンコジ」という言葉を聞いたとき。

あるいは、オラ、エーッ…あの独特の雄叫びを思い出したとき。

きっと、猛牛の姿が浮かんでくるのでしょう。

最後のテンカウントは、終わりの合図であると同時に、新しい人生へのカウントダウンだったのかもしれません。

そして、リングと仲間たちとファンと天山広吉を結んだもの。

それは、最後まで消えることのない「あいのうた」だったのではないでしょうか。

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