トランキーロ、あっせんなよ
新日本プロレスで「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)」を率い、プロレス界に一大ムーブメントを巻き起こした内藤哲也。
かつては会社の期待に応えようとしながらも、なかなか思いどおりにならなかった男が、ファンの支持を背にトップレスラーへと上り詰めた。
その歩みは、まさに制御不能。いや、制御不能という言葉だけでは収まりきらない、波乱に満ちたレスラー人生だった。
そして新日本プロレス退団後は、念願の海外の団体に参戦。
さらに2026年からNOAHマットへ定期参戦し、ついには最高峰のGHCヘビー級王座へとたどり着いた。
新日本で頂点を極め、海外を渡り歩き、今度はNOAHの頂点を狙う。ずいぶんと自由なキャリアです。
会社の枠を飛び越えて、とうとう団体の枠まで飛び越えてきた。そりゃあ、制御不能ですよ。
しかし、内藤哲也を長年見てきて、最近あらためて気づいたことがある。
それは、相手に挑発されても、簡単には感情を爆発させないということだ。
OZAWAの挑発も柳に風?
NOAHで内藤哲也の前に立ちはだかるOZAWA。
内藤の動きがスローモーションだと揶揄したり、新日本プロレスへの未練を指摘したりと、言葉巧みに挑発を仕掛けてくる。
普通なら、言い返したくなるところだろう。
「誰がスローモーションだ!」と反論したくもなるし、「新日に未練があるだと?」と、過去の実績を並べて黙らせたくなるかもしれない。
ところが、内藤はそうした挑発に対して、真正面から感情をぶつけるばかりではない。相手の言葉を受け流し、必要以上に熱くならない。
その姿が、OZAWAの思惑を外しているようにも見える。
挑発する側としては、相手が怒ればしめたもの。
感情を乱し、冷静さを失わせれば、それだけで自分のペースに持ち込みやすくなる。
ところが、相手が動じなければどうなるか。
せっかく投げた言葉が、きれいに受け流されてしまう。挑発した側が、思わず「アレ?」となるわけです。
いや、せっかく仕掛けたのに、反応が薄いんですよ。これでは挑発する側も大変です。
もちろん、リング上での言動だけを見て、内藤の本心まで断定することはできない。
それでも、相手の挑発に一喜一憂せず、自分のペースを保とうとする姿勢には、学ぶべきものがあるのではないだろうか。
制御不能なヒストリー
内藤哲也のキャリアを振り返ると、順風満帆という言葉からはほど遠い時期があった。
2005年に新日本プロレスへ入門し、2006年にデビュー。
若手時代から将来を期待され、2010年には高橋裕二郎と「NO LIMIT」を結成して海外遠征も経験した。
2011年にはG1 CLIMAXで初優勝を果たし、トップ戦線へと近づいていく。
しかし、期待された道をそのまま歩み、一直線に団体の中心へ上り詰めたわけではなかった。
大きな転機となったのが、2013年のG1 CLIMAX優勝後に待っていたIWGPヘビー級王座挑戦と、ファンの反応だった。
東京ドーム大会のメインイベントをめぐる状況も含め、内藤は期待と現実のギャップに直面することになる。
そこで生まれたのが、従来の優等生的な姿からの変化だった。
2015年のメキシコ遠征を経て、内藤は「ロス・インゴベルナブレス」の流れを日本へ持ち込み、EVIL、BUSHIらとともにL・I・Jを形成。
やがてSANADA、高橋ヒロムらも加わり、独自の存在感を放つユニットへと成長させた。
相手の期待に応えるだけではなく、自分のやり方でファンを振り向かせる。
決められた枠に収まるのではなく、枠そのものを疑ってみる。
それまでの苦悩や挫折を経て、内藤は自分のスタイルを確立していったのだ。
そして2016年にはIWGPヘビー級王座を初戴冠。
G1 CLIMAXをトータル3度も制し、2020年には東京ドーム大会でIWGPヘビー級王座とIWGPインターコンチネンタル王座の二冠を達成した。
かつてはファンの期待と団体の方針との間で揺れ動いた男が、ついには新日本プロレスを代表する存在へと成長したのである。
こうして振り返ると、内藤の「制御不能」は、ただ好き勝手に振る舞うことではないと分かる。
他人の評価に振り回されず、自分が進むべき道を自分で選ぶ。
その姿勢こそが、内藤哲也というレスラーの大きな魅力なのではないだろうか。
さて、ここからは別の視点で見ていきたい。
内藤哲也の振る舞いを見ていると、プロレスのリングだけでなく、普段の仕事や私生活にも通じる処世術が隠されているように感じる。
例えば、職場で自分の仕事を否定されたとき。あるいは、相手から理不尽なことを言われたとき。
腹が立つのは当然だ。
しかし、そこで感情に任せて言い返してしまうと、本来伝えるべきことまで伝わらなくなってしまう。
言わなくてもよかった一言を口にして、あとから「なんであんなことを言ってしまったんだ……」と後悔する。誰にでも、そんな経験はあるのではないだろうか。
そこで思い出したいのが、内藤哲也の代名詞でもある「トランキーロ」だ。
焦るな。慌てるな。すぐに反応しなくてもいい。
相手が挑発してきたからといって、必ずしもその場で答えを出す必要はない。
少し時間を置き、頭を冷やしてから、自分が本当に伝えたいことを整理すればいいのだ。
もちろん、何でも黙って受け流せばいいという話ではない。必要な場面では、きちんと意見を伝えることも大切だ。
大事なのは、感情に任せて反応するのか、それとも自分の意思で対応するのか。
その違いである。
相手の言葉に振り回されず、自分のペースを守る。
言葉にするのは簡単だが、実際にやるとなるとなかなか難しい。
だからこそ、内藤のリング上での振る舞いから学べることがある。
ただし、ここでひとつ注意したい。
内藤哲也は、何も考えずにのんびりしているわけではない。試合では相手の動きを読み、勝負どころを見極め、技を繰り出す。ゆっくりしているように見えることと、何もしていないことは違うのだ。
いや、仕事でも同じですよ。落ち着いている人と、単に仕事が遅い人を一緒にしたら怒られますからね。
トランキーロとは、ただ急がないことではない。必要なときに動けるよう、余計なことで自分を乱さないことなのかもしれない。
団体の垣根を越えたカリスマ
内藤哲也の魅力を語るうえで、もうひとつ見逃せないのが、ファンを引きつける求心力だ。
新日本プロレスで長年活躍してきた内藤がNOAHマットに姿を現したとき、会場から大きな内藤コールが起こる。
さらに、新日本プロレスの棚橋弘至の引退セレモニーに姿を現した際にも、内藤への歓声が上がった。
所属団体が変わっても、ファンの支持が簡単には消えない。
それだけ内藤というレスラーが、多くの人々の記憶に深く刻まれているということだろう。
もちろん、ファン一人ひとりが内藤を支持する理由は違う。
新日本時代の苦悩に自分を重ねた人もいれば、L・I・Jの自由なスタイルに魅了された人もいるだろう。
リング上の戦いだけでなく、内藤が歩んできた物語そのものに惹かれたファンもいるはずだ。
新日本時代、期待された道を歩みながらも苦悩し、そこから自分自身のスタイルを確立してトップへ上り詰めた内藤哲也。
その姿を知っているからこそ、所属団体が変わっても応援したい。
そんなファンがいても不思議ではない。
一方で、高橋ヒロムが内藤について語った言葉などから、人間関係に対する独特の距離感も話題になることがある。
ただし、内藤の本心や人間関係への関心の度合いを、外から断定することはできない。
それでも、リング上で見せる自由な振る舞いと、他人の評価に過度に縛られない姿勢は、内藤哲也という人物を語るうえで欠かせない要素だ。
そして現在、NOAHという新たな舞台で、内藤は再び自分の存在価値を示そうとしている。
10.25 GHCヘビー内藤哲也vsOZAWA
そんな内藤哲也が、10月25日の両国国技館大会で迎え撃つのがOZAWAである。
この試合は、第51代GHCヘビー級王者となった内藤にとって初防衛戦。
対するOZAWAは、N-1 VICTORY 2026を制して挑戦権を手にした。
しかも、両者には5月2日の両国国技館大会で内藤が敗れた過去がある。今回はタイトル防衛だけでなく、内藤にとってはリベンジの意味も持つ一戦だ。
OZAWAは言葉で揺さぶりをかけ、内藤は独自のテンポで応じる。
挑発する側と、簡単には動じない側。
もっとも、内藤が常に受け流すだけとは限らない。実際、10月5日の会見では、OZAWAの発言に対してユーモアを交えた返答を見せている。
挑発に怒りをぶつけるのではなく、相手の言葉を逆手に取って切り返す。
これもまた、内藤らしい応酬といえるだろう。
果たして、10月25日の両国で内藤は王座を守り、OZAWAへのリベンジを果たすことができるのか。それとも、OZAWAが再び内藤を攻略するのか。
注目したいのは、試合の勝敗だけではない。
互いの言葉、間合い、そしてリング上でどちらが自分のペースを握るのか。その駆け引きにも注目したい。
内藤哲也に学ぶ、制御不能でトランキーロな処世術。
熱くなるな。焦るな。だが、勝負どころでは迷わず動け。
仕事でも私生活でも、そしてプロレスのリングでも、案外これが大切なのかもしれない。
さあ、10月25日の両国国技館。
内藤哲也が「トランキーロ」の精神で王座を守るのか。
それともOZAWAがその余裕を打ち砕くのか。
もちろん、答えはトランキーロ、あっせんなよ!で要注目!!


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