斬新が行き過ぎて・・週プロ
かつて『週刊プロレス』は、「プロレス界の今」を知るための羅針盤でした。
試合結果だけでなく、団体の方向性や選手の思い、そしてファンの熱量まで誌面に映し出すことが、その存在意義だったのです。
今回の誌面を見て、私は改めて「週プロはなぜ読者の反応を誌面に映さなくなったのだろう」と考えました。
まず驚いたのは、巻頭を飾ったのがWWEをリリースされたKAIRI選手だったことです。
もちろん、世界で活躍した実績を持つ選手だけに特集される価値は十分あります。
しかし、想像以上にページ数が多く、WWEを毎週視聴している私でさえ少し長いと感じました。国内団体を中心に追いかけている読者なら、なおさら距離を感じたかもしれません。
さらに続く特集も、個人的には「今、この選手なのか」という疑問が残りました。
誌面全体を見る限り、井上新編集長は団体単位ではなく、一人ひとりのレスラーにスポットを当てる編集方針へ舵を切ったように映ります。
それ自体は、多くの選手へ光を当てるという意味で意義があります。
しかし、読者が「今、一番知りたい人物」と編集部が選ぶ人物との間に、少し温度差が生まれている印象も受けます。
ここで思い出すのは、歴代編集長たちが築いてきた週プロの歴史です。
おそらく一番有名で、長年にわたり誌面を支えたターザン山本氏の時代は、賛否はありながらも強烈な個性で読者を引き込みました。
その後も佐藤正行氏をはじめとする編集体制では、各団体の動向や時代の空気をバランスよく伝えながら、「今週は何が面白かったのか」を読者と共有する姿勢がありました。
そして、湯沢前編集長の時代が余りに長すぎて、1冊10分程度で読み切った号もありました。
編集長が代われば誌面の色が変わるのは当然ですが、どの時代にも共通していたのは、読者との距離を縮めようという意識だったように思います。
その尺度が、巻末の「好きな記事・嫌いな記事」アンケートでした。あのページは単なる読者サービスではありません。
編集部が「皆さんの声を誌面作りに生かしています」という意思表示でもあったのです。
もし『少年ジャンプ』が読者アンケートを廃止し、人気に関係なく作品を掲載し続けていたら、現在のような国民的漫画誌になっていたでしょうか。
もちろん雑誌と漫画誌は性質が異なりますが、「読者の反応を次号へ反映する」という姿勢は、どのメディアにも共通する大切な要素ではないでしょうか。
また、読者プレゼントの終了も寂しく感じます。チケットやグッズに応募し、誌面に自分の名前が載った時の喜びは、多くのファンが共有した思い出です。
そうした「参加する楽しさ」が失われたことで、読者と雑誌との距離は以前より広がってしまったようにも映ります。
もちろん、新しい編集方針には新しい読者層を開拓する狙いがあるのでしょう。
しかし、雑誌は編集者だけで完成するものではありません。読者がページをめくり、「今週も面白かった」「来週も読みたい」と感じて初めて、その価値が生まれます。
『週刊プロレス』は長い歴史を持つ専門誌だからこそ、独自性を追求するだけでなく、読者の声に耳を傾ける姿勢も忘れてほしくありません。
その両輪がかみ合った時、再び多くのプロレスファンが「毎週買うのが楽しみだ」と感じる雑誌へと進化していくのではないでしょうか。


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